Diary(思い出の記録)vol, 4
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6・2月~12月

2006・2月1日 
    
以前から(財)台湾唐氏症(ダウン症)基金会より要望の強かった両親の最初の本「走り
   来れよ、吾娘(あこ)よー夢紡ぐダウン症児は女子大生ー」が中国語に翻訳され、台湾で
   出版される。98年に出版して以来、22年の年月を経てまさか中国語版として出版されるとは思
   わなかった。同じアジアの国してとても嬉しい出来事だった。大感激!!(^^)

   
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(1日目)、いよいよ台湾へ出発。
     台湾東販と台湾ダウン症基金会のとても心温まる深い歓迎を受ける。

     
瀬戸様と出版記者会見の開催先のホテルやサイン会の開かれるアジア最大の国際的
    なブックフェア会場の下見に行く。

 
 9日(2日目)
雑誌『HereYappy』の取材
   
 
昼、台湾料理のレストランで料理をごちそうになる。とてもおいしかった。
     会場内のホテルで、台湾唐氏症(ダウン症)基金会理事長の林様や執行委員の李
    様との交流。そのあと、出版記者会見・サイン会。
     すべて初めてのことばかりだった。ちょうど台湾では旧正月(春節)の真っ只中で、ホテル
    へ帰るメインストリートの側にあるランタンの光がとてもきれいだった。

  
10(3日目)李様の保育園用の送迎バスで台北市立美術館へ。
     台北で最も大きな美術館なだけあって、展示物もかなりの見ごたえのあるものだった。詳し
    くは
私のHP「美術館巡り」の中で紹介する。
    
 翌日(11日)の台湾師範大学での講演会で私たち家族のスピーチに中国語の通訳
    をして下さるTiffany Chen
(ティファニー・チェン)さんご家族とお会いし、一緒に現地の
    保育園へ。また、台湾唐氏症(ダウン症)基金会の事務所にも行った。

 
 〃,11日4日目)、
台湾師範大学(日本の旧東京教育大学ー現・筑波大学ー)
    でスピーチ。
     私の拙い中国語の挨拶で始まり、ティファニーさんの通訳のもとでスピーチは無事に終
    えることができた。途中で何度も会場から拍手が起きた。
     講演後、理事長の林様から日・台家族交流の楯や素敵なプレゼントを戴いた。

 
  〃,12日
最終日)、台湾東販の陳呉様や顔様と一緒に国立故宮博物院(故宮)へ。
     詳細は私の
HP「美術館巡りNo.1」の中で紹介する。
     帰り際にホテル前で編集部担当の片山様から日本語版帯入りの中国語版を頂き、
    大感激。
(^^)
     台湾の空港で、顔さんや陳呉さんと別れるのは少し心残りがして私も母も涙ぐんでしまっ
    た。

  
〃,
17日フィル(日本フィル)ハーモニー交響楽団2006(宝山ホール:年間2000
    万円、5年間の契約で焼酎「宝山」などを発売している酉酒造に命名権を売却され、14
    年前の2006年4月より改称された)
<鹿児島市民文化センター>
     私の好きなドボルザークの「新世界ーわが祖国よりー」は
CDで聞くのと違い、音声の
    行き届いたホール内ではインパクトや臨場感があって迫力満点の演奏だった。
     館野泉さんのピアノ曲もよかった。館野さんが脳溢血で右半身不随となり、闘病の日
    々を過ごしながら左手による演奏会で復帰し、音楽を愛する私たちに生きることの大切さと
    感動を与えてくれた。

  〃,28日
南日本新聞社文化部(現・日置支局)の川口様、来訪・取材。
     今回は父のメインの本「ことば育ちは心育て」の取材。3月10日の教育欄に掲載。

   
3月5日
     
NHK鹿児島放送局の森様、来訪・取材。8日にも再来訪・取材。
   
〃,9日
さきどり!情報かごしまの特集として二回放映。
   
〃,読売新聞・鹿児島支局の木野様、来訪。4月4日に掲載。
   
5月14日
    
おおすみ療育ネットワーク発足1周年記念講演会(鹿屋市役所・第7会議室)
    会場に足を運んで下さった多くの方々が私の拙いスピーチを熱心に静かに聞いて下さっ
   てとても嬉しく思った。
    松田先生のすばらしいギター演奏とのコラボレーションで
MAGIC CANDY DROP「魔法
   のドロップ」の読み聞かせを気持ちよく終えることができた。

  
 〃,29日
小・中学校時代からの同級生が実家のある隼人町に帰ってきて、産まれたて
    のかわいい赤ちゃんを連れて私の家に会いに来てくれた。結婚、出産と慌ただしい生活の
    中で新しい命を授かった彼女にとって一児の母となったのは一番の喜びだったのではないか
    と思う。久しぶりに再会し、ひとまわり大きくなったんだなあと感じた。
   6月4日
    
第1回あつまれ!!ちばダウン症児・者ファミリーとなかまたちの会(千葉大学けやきホー
   ル)
    この会は千葉県内のダウン症児・者本人とその家族、親の会の方達が一堂に介したネ
   ットワークの会「ダンデライオン(西洋タンポポ)」がスタートしたことを祝う会。
    大学内のホールで石井琢磨先生と久しぶりに再会。でも石井先生は慌ただしくハッ
   スルしながら働いておられていたので、ゆっくりお話することができなかった。

 
  〃,5日(2日目)、水戸川様が私たち家族をクレヨンハウス表参道に案内して下さ
    った。
     作家・元文化放送アナウンサーであり、同ハウスの代表者でもある落合恵子さんと
    は隼人町での人権講演会(19年前の2001年)の時に色紙と名刺を頂いていたが、
    残念ながら留守だった。
     クレヨンハウス1階の書籍売り場には初めて手に取って読む絵本も何冊かあり、絵本
    の世界に入り込んでしまうような感じだった。なかには子どもの頃の懐かしい絵本もあって、
    とても楽しく見ることができた。 

 
  8月23日
    
第9回世界ダウン症会議inカナダ・バンクーバー。
  
 〃,24日
(3日目)、2002年(18年前)に溝辺町・鹿児島空港で小園様(日本カ
    ナダ友好協会鹿児島支部)と一緒だったコピソン珠子先生(元カナダ大使夫人)
    
のご案内で
カナダの絵本HOW SMUDGE CAME『スマッジがいるから』の原作者の
    ナン・グレゴリーさんのお宅の夕食に招待された。私にとってとても心に残る思い出の日
    だった。

  
 〃,26日(4日目)、
第9回世界ダウン症会議:Talent show(タレント・ショー)
    で
MAGIC CANDY DROP『魔法のドロップ』を読み聞かせ。
     読み終えた時の割れんばかりの拍手喝采(スタンディング・オベーション)は私にと
    って忘れられない想い出のひとつとなった。
     詳細は
HPトピックスPart2「私のカナダ紀行(バンクーバー)」をご覧下さい。

 
  10月7日
     
ダウン症児親の会「ピュア」の会講演会(羽島市文化センター・みのぎくホール)
     講演会後の交流会の雰囲気がとても和やかだった。

   
〃,8日
(2日目)世界遺産・白川郷へバスで上った。この日はあいにくの雨で
    少し肌寒かった。
     雪に覆われた白川郷の景色もいいが、少々の雨でも風情があって合掌造りの歴
    史をたどるのもいいなあと思った。
     冷えた体が高山のホテルの温泉で温まって最高の気分だった。
     講演旅行の最終日、高山祭りの山車(だし)を見に行く。高山祭りがあるとは知
    らなかった私たち家族にとって最高の巡り会わせだった。この日は祝日ということもあっ
    て人が多く、一時迷子になりかけたが、思い出に残る旅だった。
     渋草焼きの夫婦茶碗をお土産に買った。
     家に帰り着いて4,5日後、ピュアの会からきれいなオンシジウムの鉢植えが届いた。

  
 〃,29日
ダウン症の集いin大阪(近畿大学内11月ホール)
     懐かしい方々との再会。
     講演会のあとの交流会で、放送中の朝の
NHK連続ドラマ「芋たこなんきん」のナ
    レーション・住田功一アナウンサーと初めてお会いすることができた。娘さんが私と
    同じダウン症者であることを紹介し合い、お話も聞くことができて嬉しかった。

  
 〃,30日(2日目)
(高台寺御用達)オリジナルボックスかもがわの村上様が
    高台寺内の掌美術館を案内して下さった。とても勉強になった。
     かもがわ出版編集部の鶴岡さんと豊臣秀吉の妻・ねねが余生を送った高台寺
    へ。
     
今放送中のNHK大河ドラマ「功名が辻」の舞台にもなったという。実際に中に
    入ってみると、豪華絢爛というよりも質素な建物だった。ねねが生涯こよなく愛した高
    台寺の庭園を見ることができた。
     400年も前に建てられたという茶室でお茶を頂いた。静かな茶室でお茶を飲む
    のは初めての体験だった。

  
  京料理のお店で鶴岡さんとのおいしい昼食。
     昼食後、鶴岡さんと新しく改装したばかりの古民家風のかもがわ出版へ。社内
    のギャラリーも小ぢんまりとしていて、とてもかわいかった。

 
  〃,31日(3日目)大阪・枚方市内の母方の伯父の家に一泊。
     みんなでテーブルを囲む夕食はとても楽しく、初めて食べた鮟鱇(あんこう)鍋も
    おいしかった。 
     次の日、伯父の車で枚方市内の霊園へ。春の桜の満開になる季節が見ごろ
    で一番きれいとのこと。叔母は今、その墓に眠っている。カナダの世界会議で世界
    会議賞を受賞した時の楯を持って行って天国の叔母に報告した。

 
 11月20日
    
第21回鹿児島県障害者保健福祉大会(鹿児島市民文化ホール)
    私が物心ついた頃から今は亡き叔母(母方の姉)と時々遊びに行ったことがある
   所だ。懐かしさが込みあげてきた。
    会場内のホール前の受付では、県の職員の方々が忙しく走り回っていた。福祉
   課の係長様をはじめ障害福祉係の上村様がいろいろとご配慮頂き、とても嬉しかった。
   司会の方も上手だった。
    講演後、私が生まれた時からの鹿大病院の婦長さんとお会いできた。 

   
〃,30日地元の南日本放送(MBC)の「ふるさと かごしま」の取材。
     地福様やフリーランスアナウンサー・西様ほかカメラマンさんお二方来訪。 
    
 
 12月2日
    
午前に放映。
  
 〃,3日宮田町・若宮町合併12周年記念「ふれあいの集い」記念講演会in
    福岡(宮若市中央公民館若宮分館)
     司会を務めて下さった古野様は指宿市出身(鹿児島県)ということで、身近に
    感じながら初めてお会いできてとても嬉しかった。
     実行委員会の皆様から頂いた大きなバラの花籠は美しかった。(写真右下)
     12月21日の西日本新聞に「命の重さは誰も同じ」として掲載される。

 
                                             

                                                         
                                                                                                

 2006年もあとわずかとなった。
 今年は海外(台湾・カナダ)に二度も出かけて、忙しい年だった。自分自身としては
課題も残ったが、充実した一年だった。反省の気持ちを込めて来年へ!!

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